【インタビュー】進むべき道 音楽の導き 作曲家・キーボーディスト 秩父英里さん 

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 「人生いつ何が起きるか分からない」。たびたび耳にする表現だが、この人の言葉には実感がこもっている。本学卒業後バークリー音楽大学に留学し、現在は作曲家として活躍中の秩父英里さんだ。自ら「日本の教育システムから外れている」と語る今までの歩みを振り返ってもらった。 「仙台は街と自然が両方ある」と秩父さん=本人提供  県内の高校に通っていたので、東北大学は私にとって身近な大学でした。教育学部に進学しましたが、もともと高校では理系でした。数学や理科も嫌いではなかったし、おもしろいんじゃないかと思って。ひとまず理系に進みましたが、オープンキャンパスで工学部を見学したときに、当時の自分にはあまりピンときませんでした。おもしろいなと思ったのは、教育学部の教育心理学コース。実験や分析をするということを聞いて、人の心を扱うとはどういうことだろうと興味を持ちました。それがきっかけで、教育学部に決めました。教育学部では教育心理学コースの臨床心理学専攻に所属して、臨床心理学や家族療法、発達心理学などを学びました。 バークリー賞を受賞。「これは何かの合図」  当時は大学院に行って、その後は就職かなとぼんやり考えていました。臨床心理学に関わる仕事や研究者の道に興味がありました。  転機は4年生のときです。所属していたジャズ研の部室に、チラシが貼ってあるのを見つけました。春休みの期間に、アメリカのボストンにあるバークリー音楽大学の先生が日本に来て、北海道でワークショップを開催するという内容でした。バークリーの名前はジャズ研に入る前から「世界中からすごい人たちが集まって音楽が学べるすごい学校だ!」と思っていて、楽しそうだったので、そのワークショップに参加することにしました。大学院への進学が決まっていたので、大学4年分のごごほうびのつもりでした。  ワークショップの最終日には発表会があったのですが、そこで「バークリー賞」を受賞することになりました。それがすべての始まりです。今まで音楽をやってきて、でもこれ以上の環境を求めるのは難しいのかな、と思っているときの受賞だったので、これは何かの合図なのではないかという気持ちになりました。賞はバークリーのサマープログラムに無料で参加できるもので、ちょうど進路に悩んでいたこともあったせいか、なぜか大学院の入学式の日に教務課へ休学の方法を聞きに行っていまし

「小説家」以前の漱石 思索の跡たどる

 大学の図書館ってどんな場所だろう?そんな疑問を持つ高校生は多いのではないだろうか。今回は、本学附属図書館が所蔵する貴重なコレクション「漱石文庫」を取り上げ、大学図書館の一端を紹介する。同館情報サービス課貴重書係の菊地良直さんに話を聞いた。


 漱石文庫は、明治時代を代表する文豪・夏目漱石の約3,000冊の蔵書やその他のメモ類からなる漱石の関連資料群だ。漱石の愛弟子であった小宮豊隆が、漱石の死後に本学の図書館長を務めていた縁で、1944年に同館に受蔵された経緯を持つ。


 特徴は「蔵書の約3割に書き込みがあり、それが研究に直結している」(菊地さん)こと。「漱石自身が文学をどう捉えていたのか、小説を書くときにどういったことを考えていたのか。そういった漱石研究の基礎となる資料の原本を所蔵しています」


 取材では漱石が自身の文学研究のプランを書いた『大要』と呼ばれるメモと、『シェイクスピア全集』にある書き込み部分のレプリカを見せてもらった。洋書の多くは漱石が英語教師として働いていた頃に集めたもので、数々の書き込みからは、小説家になる前の漱石の思索の過程をうかがうことができる。


 同館では漱石文庫をデジタル化し、「東北大学デジタルコレクション」内にて公開している。同館ホームページから誰でも閲覧することができる。原本は貴重図書のため一般閲覧は不可となっている。

 

『大要』。漱石の文学研究のプランを記したもので、「(1)世界ヲ如何ニ観ルベキ(2)人生ト世界トノ関係如何…」などと16項目続く。「漱石自身の文学研究の出発点。ここから実際に自分で小説を書くということに発展していきます。」(菊地さん)。


『シェイクスピア全集』の書き込み部分。『ハムレット』について、「幽霊ノ話ヲ出ス処少々マズシ。余ナラバ…」と批評している。

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